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■ [ 喜怒哀楽 ]
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嬉しいときに喜ぶ。悲しいときに涙する。こんな単純なことができなくなった
人が多くなりましたね。喜怒哀楽の表現をできる人は、物事と一体にな
れる人です。
傍観者的に常に相対で考えていると、しらけて喜怒哀楽の表現ができな
くなってしまいます。自分の殻を忘れ本気になると、素晴らしい世界が見
えてきます。
私たちの仕事の基本、「自分も楽しむこと」。つまりはそれに尽きます。
好きだから楽しめる、嫌いだから楽しくないなんて、自分に対するみっとも
ない言い訳は必要ありません。
「おもしろき こともなき世を おもしろく 。。。 」
高杉晋作の辞世の句です。
「目指せ、インテリアコーディネーター」に記載した
Y a b u c h の独り言です。
私が建物系?テレビ番組の中でも「建もの探訪」を推薦し、「渡辺篤史」さんを素晴らしいと思うのは、
「建もの探訪」 -> http://www.tv-asahi.co.jp/tatemono/
例えばインテリアコーディネーターが一番必要な資質であると私が確信する、この「喜怒哀楽」の部分がまるごと詰まっているからです。
もちろん渡辺篤史さん自身がインテリアコーディネーターを職業としているわけではありませんし、番組製作側も、スポンサーを意識した番組作りが中心であることには変わりがないと思います。
ただしその番組の「素」の部分には、なんといっても「実際にその場で住み、人生を過ごし暮らしている」という最も大切にしなければならない部分が丸写しにされています。
家族そろって団らんの風景など、「いかにも」的な演出も多々見られますが、それらはご愛敬でしょう(笑)
むしろその「やらされ感」と「ぎこちなさ」は、見る側にとっても一種の安心感を与えてくれるのではないでしょうか。
「あーあーあー、あるあるある、かも。」
「でも、こっ恥ずかしいぃ!」 みたいな(笑)
家具やインテリアを扱う者の宿命として、「やがて建築へ」、思考が向かってしまうことがあります。
家具やインテリアを楽しんでいると、やっぱり、自分の建築、すなわち自分の「家」を楽しみたくなるし、考えはそうやって広く大きくなります。
むしろそのことの方が健全であると思うし、当然であると思います。
しかしそうなってしまうと、他の番組を見れば顕著なように、まず「形」ありき、「枠」ありきの世界になってしまいます。
要するに、自分に合った家づくりではなくて、家に合わせなければならない人生になってしまうのです。
「喜怒哀楽」がすっぽりと抜け落ちた、テクニックだけが先行する人生です。
インテリアコーディネーターが、建築家より大きく優る部分があります。
昨今の建築家は、顧客の人生も語るし、助言もできるようです。
例えば子供部屋。
家族の団らんやコミュニケーションが希薄なせいで、子供の言動を親が把握することができず、若年層の犯罪が増えている。
だから、子供部屋はなるべく作らない方が良い。
作っても、家族の目の届く範囲内で作ると良い。
そのような、家族が家族と呼べる家作りをしましょう。
素晴らしい!
まさにその通りだと私も納得します。
洗面台は? トイレは? 収納は? タイルや階段は? リビングは、なにより家自体のデザインは?
数々の難問疑問に、ホントに優秀な建築家であれば、親身になって顧客に応えてくれるでしょう。
それが建築家の義務でもあります。
でもそれは、あくまでもできあがるまでのお話しです。
メンテナンスや追加、し直し、訂正も含め、ひとつのとても重要であるけれど、決して人生のすべてではないモノづくりのお話です。
更に重要で困難なのは、「その後」なんです。
インテリアコーディネーターが建築家に優る部分、もうお分かりですね。
それは、まさに「その後」をいかに幸せに、家族と共に、自分の人生の喜怒哀楽を詰め込めるか、言い換えれば人生そのモノを作れるかの部分です。
あっ、言い忘れていました。
インテリアコーディネーターとは、あなた自身のことです。
決して試験に合格しているとか、資格を持っているとかの者ではありません。
あなたの人生を生きる、あなた自身があなたのインテリアコーディネーターなんです。
あなた自身が建築家に優るところ、それはあなた自身が一番良く理解しているはずです。
自分の好きな家具やインテリアが分かっている人、もしくは、まだまだ自分が好きな家具は何かよくわからないけどずっと探している人、
そんな人を Y a b u c h
が「好き」だと思うのは、自分の人生を自分で決めようとしている人生のインテリアコーディネーターそのものだからです。
それなら、資格や試験なんて「クソっくらえ」だと思いませんか?(笑)
「家を建てることが夢」だなんて、決して縛られないことです。
「風水で幸せになれる」などと、勘違いしないことです。
「お金があれば人生楽観」なんだと、決して思い込まないことです。
私などは、錆びの浮いた長年来の友人のシェーズロングと猫さへ部屋にいれば、何も欲しいものはないね。
そんな強がりを言いつつ、
近頃は「どうなってんの!」って。
錬金術も良いし、詐欺も良い。犯罪なんて大小問わず、いくらでも転がってるしね。
でもね、「自分の命が惜しい」とか「死にたくない」とか、それで籠城だの世間に顔を見せないだの、
なんだそれ。
恥っさらしな生き様さらしやがって。
法律なんて所詮人間の決めたことだからね、その枠に収まらないでっかいことはいくらでもあるよ。
だからこそ自分の体を張る意味があるんでしょ。
それをこそこそと、「死にたくない」って、なんだそりゃ。
命が欲しいって泣き言いうくらいなら、最初っからでかい顔すんな!
って、つい最近、県のフリーター・ニート対策の会議に出席中、ちょっぴり熱くなってニートの星のホ○エモンのことをまくし立てたら、お役ご免になりました(笑)
「ワンクールのレギュラーより、ひとつの伝説を!」
江頭2:50さんの名言が頭の片隅をよぎりましたね。
すいません、100%余談でした。
喜 怒 哀 楽 。
今年の家具FUNのテーマは、結局これになるのかな。
まさに渡辺篤史さんのMCみたいな。
喜びも哀しみも、怒りも楽しみも、すべては「自分の中にある」。
そんなあなたの 喜 怒 哀 楽 に付き合ってくれる、家具たち探しのお手伝いを家具FUNは致します。
それでは。
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