■ [ 自分で住むんだから、自分が暮らすんだから ]
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「日本人の主体性の無さ、古今東西、類なし」
その答えにいつも私が用意しているのは、
「だって、日本は類い希なる完成された社会主義国だから」
と、そっとうつむきます。
では、ちょっとピントのズレたようなこんな質問、
「良いインテリアコーディネーターの見分け方は?」には、
「断定的な言葉を吐く者は、あなたにとっては決して良いインテリアコーディネーターとは言えないかもしれませんねぇ」
と答えます。
例えば、
「なになに してはならない」、「こうでなければ ならない」、
「なになにに 気をつけなければならない」、「なになにだから、こうだ」、
「なになにが 必要だ」 e
t c
e t c . . . . .
えっ、「なになに? そんなにいっぱい決まり事があるの?」
これはインテリアコーディネーターに限らず、建築士もそう、設計家もそう、ハウスメーカー、デベロッパー、果ては工務店の人まで、例外はたぶんないと思います。
だけど、迷える子羊さんにとっては、断定的なモノの言い方をしてくれる人には一種の「頼もしさ」や「力強さ」を感じることも事実です。
実際、私も優柔不断で煮え切らない人には、意識して断定的な言葉を吐きます。
法律や法令、地方地方の従わなければならないその土地の慣習などは「なになにしなければならない」場合もあるでしょう。
でも、例えば私たち個々の感じる「快適さ」など、「なになにしなければならない」ことなんて、決まっているのでしょうか?
散らかしまくった部屋が好きという人もいれば、生活感のない部屋が好きだという人もいるでしょう。
部屋にはきちっとした寸法の家具を必ず置かないとダメですか?
そんなことはないですよね。
部屋に合った家具、自分にあった家具を必ず選ばないと、日々の暮らしは快適ではないですか?
そんなことはないですよねぇ。
デザインと機能性、絶対に両立したものでないとダメなんですか?
そんなこと、あるわけないですよねぇ。
でもそれが基本なんだからって、ポイントを押さえていなと快適さは得られませんか?
ウソウソ、そんなことないじゃん。ねぇ(笑)
読者の方の中で、「独り暮らし」を経験した人は多いと思います。
現在、独り暮らしをしている人もいることでしょう。
ちょっと想い出して下さい。
新生活がはじまる前のウキウキ感とドキドキ感、そして新生活がはじまります。
大学の授業もあり、バイトに追われ、友達とも遊び、帰ってくる部屋。
高校を出てから社会人になって社会に出て、知らない人、規則、不慣れな世間に頭と身体をフルに使って帰ってくる部屋。
その部屋、一から十まで、なにもかもそろっていますか?
逆にね、今まで暮らしてきて必要だったものが、独りになったからといって、また家族が増えたからといって、絶対に必要だとは限らないですよねぇ?
独り暮らしで、食事は家ではパンか牛乳、良くてバナナ。後は外食か彼女の部屋でなんて人には、炊飯器もやかんも別に必要ではないでしょう。
月日が経ち、家族ができる時、健康に育てたい、食事は母の手作りを食べさせたい、そんな時には炊飯器もやかんも、いろいろと必要になってくるでしょう。
要は、自分が「これで良い」と納得し、そう思っているのであれば、必要ないものは必要ないんです。
インテリアを急いで完成させる必要は、それこそないんです。
誰しもが独り暮らしの間は、インテリアコーディネートの研修期間なんです。
家族との暮らしはじめも、子供が出来てからも、子供が大きくなり、やがて巣立ち、夫婦二人きりになっても、ずっと研修期間は続きます。
人の生きる過程っていうのは、例えば自分の好きな生活のスタイル、モノに対する考え方、価値観、人生観、そんなのを養っていく、培っていく、育てていくことの繰り返しのはずです。
それをね、最初っから物知り顔で「あーだごーだ、正解はこんなんだ」なんて言われて、何でも買いそろえさせられた生活が、本当に満足な生活だって言えるのでしょうか?
正解だけをもっともらしく押しつけられた暮らしが、ホントに自分の望むものなんでしょうか?
でもそれってね、日々積み重ねていく本当の自分を創る楽しさを、すでに放棄しているようで、
なんとなく 「つまらなく」 思いませんか?
自分で悩んで悩んで、相談したり勉強したり、でも結果不要なモノを買ってしまったとしても、次ぎはこうしようああしよう、そっか、私ってそうなんだ!ってやっとこさ気付くものではないでしょうか?
だから、
「あっ、これって良い!一目惚れ!」
「って待てよ。これ、ホントに今必要かな? ホントにホント?」
「ホントに? ホントに要るのかな?」
って考える知恵が付こうってもんです(笑)
「あぁ〜、私ってば またやっちゃったぁー!!」
って部屋に帰ってなったとしても、この次ぎの私に「こうご期待!」(笑)
そんな大いなる楽しみを、建築家だか設計士だか、インテリアコーディネーターだか知らないが、たかだか専門家と名乗るセールスマンに、
「奪われてなるものかぁ!」
ってね。
もちろん専門家の持つ専門家たる知恵なり工夫は必要となる場面はあるでしょう。
でも結局は自分で住むんだから、自分が暮らすんだから。
我がインテリア、失敗ばかり後悔ばかり、後で考えると悔いばっかり。
だって、にんげんだもの。 楽しいんだもの。 笑ってたいんだもの。
良いコーディネートって、こういうのも「アリ」だと私は思っています。
迷いたくない、頼りにしたい、無駄にしたくない、
そんな気持ちで家を建てたりリフォームしたりする時、目の前の専門家の顔が、言葉が、さも大正解のように思いがちです。
でも、ホントにホント? それって自分なの?
信じていいの? それで良いの?
自分の足で探し、手で触れ、目で見、頭で考えなくて良いの?
「日本人の主体性の無さ、古今東西、類なし」
なんて、Y a b u c h に嫌味たらしく言われても、いいの?(笑)