■ [ 旅とソファ!? ]
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やっぱり新潟は米が抜群に「旨い!!」です。
俗に「米所(こめどころ)」と言われるところは不思議なもので、その他に「何を食っても旨い!」と感じさせます。
それとは逆に、北海道は行く度に本土(北海道の人が俗に言う本州のこと)との「食」のレベルがどんどん開いていくような感じがします。
「味」、「技術」、共にです。
もともと北海道というところは、面倒な調理方法はしない土地柄です。
ジンギスカンしかり、シャケのチャンチャン焼きもしかり、その他の北海道名物と呼ばれるモノだけでなく、
家庭料理を見渡してみても、食材がとびきりなだけで、ぶっちゃけ「誰でも」簡単にできるものばかりです。
それを「大いなる大地」と「どこまでも見渡せる空」がそんな疑惑?!を吹き飛ばしてくれて、「美味しい!」と感嘆の声をあげさせます。
まっ、実際に「旨い」んですけど(笑)
だけど、札幌の街は「荒(すさ)んだ」ね。
どんどん荒んでいってるね。
「食」は文化、
人によっては「食」は「国」、と言い切る人もいます。
もしそれが本当であれば、東北地方は今よりもっと栄え、札幌という街はやがて滅びるのだろうか?
なんてことも思ったり思わなかったり。
東北地方は日本史において、いつの時代も憂き目を見てきた土地柄です。
それでもかの土地の人々はあれだけの「米」を作ることができるのですから、よっぽど東北の人々の心持ちが豊かなのでしょう。
感心するばかりです。
さてさて日本全国津々浦々、ある程度の規模の街を車でちょっと走ると、
某紳士服店のでっかい看板が2つとも並んでいて、某靴の店、全国チェーンのカレー屋にファーストフード店、コンビニにガソリンスタンド、携帯の会社、ディスカウントストア、何処に行っても同じ風景に出くわします。
なんだろうなぁ〜「アレ」って。
旅してる意味が、そんなどこの街でも見てしまう風景にぶつかる度に「失われる」気がします。
旅ってね、私が思う大切な意味のひとつに、いろいろなことへの「再確認」があると思っています。
今の自分であったり、現状であったり、「普段いる場所」ではなかなかできない感じられないことが、知らない街や国を旅することによって、「再確認」であったり「再認識」できたりすることに大切な意味があるんです。
それがどこの街に行っても「同じ風景」じゃねぇー。
あれって、「罪」は重いと思うなぁ〜。
例えば今回お話する「ソファ」にしても、椅子文化の歴史が根付いている欧米のご家庭を2,3見て感じることができれば、それは日本において家具ショップを100店以上見て回ることよりずっと有意義なことだと、私は自分自身を振り返り感じています。
当たり前ですが、決してソファは座るだけのものではなくて、
ソファの前に足を投げ出して床に座り込むことも普通だし、
洗濯物をソファに畳んで置きっぱなしのこともある。
ソファはベットにもなるし、スプリングがヘタったクッションのまんま、そのヘタリ具合を何も気にせず使い続けることもする。
インテリアコーディネーターなんて日本だけにしかない資格の勉強の中にあるソファの「正しい配置」なんてこと、そんなセオリー「バカみたい!」(笑)
もちろん欧米は日本よりも「差別」や「格差」は悲劇的に激しくて、生活のレベルによっても、人種によってもソファの使い方ひとつ取っても違ってきます。
そんな当たり前すぎる当たり前のことも、日本にいると「あれが正しい」、「これは間違い」だなんて紋キリ調で言ってしまう自分が恥ずかしいというか滑稽だと言うか、
まぁ人間の幅が広がりますなぁー、面白い旅をすると(笑)
今回のソファのお話しも、Y
a b u c h などという異国のモノがただぶらりふらりと喋っている程度のことと、
でもちょっとだけ自分と違うところを比べてみて「あーだこーだ」と頭を使うことで、当たり前のことが当たり前でなくなることもありますから、
そんな興味本位で聞いて下さいまし。
あまり難しい「ご託」は並べないつもりでいます。
ソファのひとつのキーワード、それは「やすらぎ」。
これだけは、誰もが共通の「想い」だろうと感じていますので、そこんところを頭に入れつつ、
ではでは。