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■ [ 持ち家があり幸せである者たちの共通点 ] 
………………………………………………………………………………………




人は普通、「幸せ」を求めて生きています。

「幸せ」になりたいと願い、生きています。



相田みつをさんの詩に、

「 しあわせはいつも自分のこころが決める 」

という言葉がありますが、

なかなかどうして、人という生き物は、自分と他人を比べ、世間と比べ、親と比べ、兄弟と自分を比べたがります。


それで落ち込んでりゃ「しゃーねーだろ?」と思うんですが(笑)




私の顔の中のひとつに、法律と人を扱う商売があります。

例えば法律を必要とする人、法律家を必要とする人のほとんどが、「不幸」を背中にしょった人たちです。

その自分のしょっている不幸を解決したくて、法律という「力」を持つ人を必要とします。

弁護士もやくざも含め、法律を扱う者は、つまりが人の不幸を銭商売にしています。

汚いもクソもない、それで食ってます(笑)




私はバブルの絶頂期と、まさにそれが崩壊していく過程のその中を泳いできましたが、

家 = 不幸、

不動産 = 不幸、

こんな図式を腐るほど見もしましたし、経験もしました。


あの頃、「不動産を扱う者ほど性根の腐った人種はいねぇーな」と思っていましたが、

そうはいっても、結局は、不動産会社も銀行も、企業もやくざも、ブローカーもあやしいコンサルタントも、政治家も右翼も、

日本という国もアメリカという国家も、もちろん私自身も、

同じ穴の狢(むじな)だったに違いありません。



「あのバブルの頃と今は違う!」と訳知り顔で言う人がいますが、「同じ穴の狢」の基本構造は、私の知る限りではなんら変わってはいません。

それにちょっと中国なんて国が絡んできたりするから、現実はもう少し複雑になってきていますけれど。


まっ、信じる信じないは勝手なんですが(笑)



つまりなにが言いたいのかと言うと、


家というものと、人の幸せとはあまり関係ない!ってことなんです。


って言うか、誤解されるとなんなんで分かり易く言い換えますが、


家ってものは、あくまでも幸せになるための「手段」や「道具」のひとつであって、

家はもちろん不動産に関しても、それを持つこと自体が幸せである証(あかし)なんてことでは決してありえません。




私の周りにも、名士と呼ばれる者もいれば、社長の肩書きを持った人たちもわんさかいます。

弁護士もしれば、会計士もいるし、歯医者もいれば、病院の院長先生もいる。

うざったいけれど、地方議員もいれば国政を担う国会議員もいる。

ホントは金儲けが好きで、国のことなんて二の次だけれども。


当然ですが、ほとんどの者が持ち家を持っていますわな。

都市部にも、田舎にも土地を持っている者もいますわな。


残念ながらこの者たち、ほとんどが幸せなんですわ(笑)


正確には、「幸せの過程」の中にいます。


なぜでしょう?


お金持ちだから?

持ち家があるから?

いっぱい土地を持っているから?

社長さんだから?(笑)


だから「幸せ」に生きているのでしょうか?



とんでもない!ことです。


なぜならそれは、その理由は、

「家を持つこと」が目標ではないからです。

「お金をいっぱい稼ぐ」ことが、目標ではないからです。

「土地を買い漁る」ことが、目標ではないからなんです。



一生懸命働いてお客様に喜んでもらえた!

結果、お金が入ってきた。


顧客に尽くしに尽くした、だから信頼された!

患者さんの病気を治すこと第一に考えて尽力してきた、だから慕われるようになった!

会社の健全経営を指導し正しい道を指し示してきた、だから顧問先は不況にも耐えぬき、一緒に歩んでこれた!


なんだかんだ綺麗ごとを言っても政治家は選挙なのよ、ね。

地元に高速道路も造ったし、箱モノもいっぱい建てた。

ダムも造ったし、港湾も整備した!

だから選挙でも勝てるし、

結果、お金が入ってきた!!

不動産を持つことができた!

家を建てることができた!

家族が一丸となれたぁぁ!



でもそれはまだ途中のお話し。


私にはまだまだ「やることがいっぱい残っている!」

「やらなければならないことが、まだまだいっぱいあるんだ!」

「人生は楽しいぞぉー、退屈など微塵もないわい!」




私の言っている意味がわかりますか?



持ち家があり幸せである者たちの共通点は、

「家を持つことが目標となっていない」

ってことです。


「家」とは、あくまでも幸せになるための「道具」のひとつに過ぎないと。

そして「家」を持つことが「終着点」では決してありません。


家は幸せになるためのひとつの手段なんですから、まだまだずっと、幸せになるための「一生懸命」は続きます。




ひるがえって、「なんとかなるだろう」と安易に組んだ35年、30年のローンの人たち。


そりゃーね、それでも家族一緒にやっと持てた家で過ごしている幸せな人たちはいますよ。


でもね、


毎月の支払に縛られていませんか?

ローンに縛られていませんか?


ローンを支払い終えることが、「目標」になっていませんか?

「家を持つこと自体」が、最終目的になっていませんか?


「今はそんなことない!」

でも、5年後、10年後、果ては30年後の自分の家族の行く末は?



いつぞやだったか、中国なんてお国の最高指導者が、オーストラリアの前首相相手に、

「日本? あんな小さな国、21世紀にはなくなっていますよ。」

なんて首脳会談の中で平然と言ってのけましたが、


5年後、10年後、果ては30年後の自分自身の行く末は?





目的をはき違えた者は、間違いなく破滅します。

これは間違いのない、自明の理、なんです。




・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・  。


 
 
 
■ [ 好きだった人たちから、どう言って弔ってもらいたい? ] 
………………………………………………………………………………………




道路特定財源の問題、日銀総裁人事の問題、だけではありませんが、

政治不況の名がまったくにふさわしい、昨今の日本という国の中身です。


ね、

これだけ日本の政治があてにならないことが証明されている中で、日本に住む人々が持ち家を持つことのリスクは、

「いったいどれほどのものでしょう?」



「近ごろの子供たちは、自分の未来に悲観的だ!」

「子供たちが夢を持てない時代になった!」

などと、ものすごく狭い範囲のサンプルでマスコミは大声を張り上げるけれど、

私の知る限り、

自分とこのオヤジが、毎日活き活き働いて真っ直ぐな道を歩いているお宅の子供は、

毎日の学校が楽しくて楽しくて、友達と遊ぶことが面白くて面白くて、

そんな生活を送っています。


自分とこのお袋が、専業主婦か共働きかに限らず、

旦那の悪口を言わず、

毎日朝食を作ってくれて、旨い不味いは別にして(笑)、笑顔で「行ってらっしゃい!」って声をかけているお宅の子供は、

D S やら P S P やらうつむきながらゲームをしながら歩いているガキより、

ずっとずっと外で元気にサッカーや野球をしたり、女の子なら、小学生でも恋やら愛やら、形のない、でも人生のスパイスを楽しそうに話していたりします。


不思議と例外はないですね。

都会とか地方とか、例外はないです。

もちろん、持ち家か賃貸かなんてまったく関係はありません。


オヤジやお袋がしっかり生きている家庭は、例外なく子供も夢を知る!


それが大人からするととても滑稽なことでも、


「イチローみたいになりたい!」

「中田みたいに世界で通用するサッカー選手になりたい!」

「マンガ家になりたい!」

「ゲームを作りたい!」 「お菓子屋になりたい!」 

「お花屋さんになりたい!」



理想論だと思いますか?

自分の近くにいませんか? そんな大人たち、子供たち。



とんでもない!


私の周りには、どっさりいるんです。

不思議なことに(笑)




「家」とは、人生の目標を達成するため、理想とする自分のライフスタイルを実現するための「道具」なんです。


とは、


ちょっと「幸せ」を気取った建築家でも、今の時代では普通に言うことでしょう。

気の利いたハウスメーカーの営業マンも口にするかもしれません。


どうせ買ったが最後、後はほったらかしなのにねぇ(笑)


そうそう、私も前回、同じようなことを訳知り顔で言っていました。

所詮「他人事」ですから(笑)



でもね、

自分が望むライフスタイルって、本当に分かっている人っていったいどれほどいます?


夢って、どれほどの人が持っています?

その夢、叶えることができましたか?

まだ、その途中だって人が、どれほどいますか?



自分の本当の望むライフスタイルが分かれば、それが決まれば、自分の夢の道具である「家」が、本当に正しく選択できるって、

それは本当に本当ですか?


へへん、まるで堂々巡りだね(笑)





「本当に自分のなりたい自分」とはいったいなんなのか。


それを知るには、

「自分の葬式を想像してみろ!」


とは、私が大昔、仕えていた者の言葉です。



「お前の葬式で、お前は友達にどう言われたい?

ん?

家族にどう言われたい?

好きだった者たちから、どう言って弔ってもらいたいんだ?」


「まさかお前、金持ちだった。

資産家だった、社長だった、車は何に乗ってた、家はでかかった。

食うにはなにひとつ不自由しなかった。


まさかそんな風に言われたくはあるまい、ん?」



「俺ならそんななぁゴメンだなぁ〜。

俺はさぁ、好きだったやつから、ひとりでいいから、

いい奴だった。

たったその一言だけ、聞けりゃーいいなぁ。」



その者にとっては、その一言だけが、自分のなりたい自分だったのでしょう。



かなりの資産家の彼でしたが、遺言で家族に渡す最低限の法定分以外すべて、知的障害者の方のリハビリ施設とか、通学路の国道の、歩道の整備事業とかに寄附してしまって、

身内と親しい者だけのお葬式では、最後まで家族から「いい人」なんて言葉は聞かれませんでしたが(笑)、


彼が60過ぎにできた3人目の7歳になる息子には、

「オヤジさんは誰がなんと言おうといい奴だった。 胸を張れ。」と、

私だけは言っておきました。


その息子は、大きく頷きました。





政治が悪い、景気が悪い、

先行きが不安だ、年金も医療制度も、会社もあてにならない、

なにもかも先行きが見えない。

だから、、、、


でも、本質的にはあまり関係ないでしょ。



もしそう思う人がいたら、「自分のお葬式を想像してみて下さい」。




「お前の葬式で、お前は友達にどう言われたい?

ん?

家族にどう言われたい?

好きだった人たちから、どう言って弔ってもらいたいんだ?」





もしその中に、持ち家というキーワードが少しでもあるなら、

それはそれで、自分の全人生をかけて「手に入れるべき」でしょう。


人生の意味ってやつがそこにあるなら、ね。



 ・ ・ ・ ・ ・ 。 



 
 
 
 
■ [ 蜘蛛の糸 ] 
………………………………………………………………………………………




  若いときにとてもお世話になった方が亡くなって、

  お通夜に行ってきました。

  こういうときに、あらためて思ったことがあります。

  人って、どんな立派なことをしたかについてなんか、

  どうでもいいんですよね。

  勲章をもらったとか、何を発明したとか、

  部長だったとか、重鎮だったとか、どうだっていい。

  仮にそういうことを話したとしても、それはオマケ。

  ほんとうに、その人のこととして思い出されるのは、

  いっしょに笑ったことだとか、

  どんな食べものが好きで、いっぱい食べたことだとか、

  ちょっと優しくしてくれたことだとか、

  妙なクセがあったことだとか、

  そんなことなんですよね。

  そんな思い出のなかにこそ、その人はいる。

  故人の、人間らしい小さな秘密をぼくは知っていてね、

  それがなつかしくて愛おしくて切なかったです。


  ありがとうございました。

  いつだかわからないけどいつか、そっちで会いましょう。



                  糸井重里さん著作  

                「思い出したら、思い出になった。」より抜粋





あんな家に住みたい、

こんな家に住みたい、

理想を実現できる家に住みたい、

家を建てて家族を幸せにしたい。



結論から言うと、


お金がなければ、お金を貯めることです。


お金が貯まってから、家を買えばいいんです。


「安月給だと、何十年かかるかわからない」?


それなら「家なんて、買わなければいい。」

もしくは、「自分の身の丈にあったモノ」を買えばいいんです。


選択肢は、一戸建て、新築で建てる家だけですか?

中古住宅は?

マンションは?

場所は? 地方もあるし、田舎もある。


今の時代、

バブルの頃に、それこそ何十年ものローンを組んで、結局払いきれずに売りに出されている良い物件が、探せばいくらでもあります。


焦らないことです。


不動産屋は言うでしょう。

「今、今判子を押して頂かないと、手付けだけでも打って頂かないと、先を越されてしまいます」と。

アホくさ。


常套手段、常套文句です。

例え「それ」を逃したとしても、別に命を取られるわけでもあるまいし。


営業に騙されないことです。


都会の真ん中てなくても、郊外? 地方? 

日本はこれでも広いですよ。


ギリギリのローンを組まなくても、見栄を張って一戸建てにしなくても、今は本当に選択肢が増えています。


それこそ、バブルの頃の屍の末に、ね。



「家が欲しい!!」ってだけの衝動や、妻や両親のプレッシャーでけで、なんの自分の人生設計もなく住宅を購入してしまえば、

失敗の確率はかなり高くなります。

もちろん、キューキューの生活になると満足度も低くなります。

家の買い替えなんてそうそう出来ませんよ。


だから、ホントにホント、焦らなくていいんです。



つまり、焦らなくていい方法は「選択肢を持つ」ことです。


まずは、自分なりの選択肢を持ちましょう。



「家を買う前に、自分のライフスタイルや生き方を考えましょう」と口をすっぱく何度も言ったところで、

著名な建築家や不動産コンサルタントなどが著作で、雑誌のコラムで、声を張り上げて言ったところで、


どうせ「どうにかなるだろう」的な考えの人は、「なんとかなるだろう」って買っちまうんだから。

人の意見など、自分の「希望」の前には吹き飛ぶんだから。


セミナーでいくら「ふんふん」と感心したテイで、ノートに大事なことを書き込んでみても、

何度セミナーに脚を運んでみても、

「なんとかなるだろう」って人は、「なんとかなるだろう」って、

落ちていくんだから。



だからせめて、このメルマガの読者の方々には、するぅ〜って人生から「落ちていかないよう」、

蜘蛛の糸を垂らしたいと願います。


物語の中では、結局はその糸も、人のエゴで切れてしまうんですけれど。



  ほんとうに、その人のこととして思い出されるのは、

  いっしょに笑ったことだとか、

  どんな食べものが好きで、いっぱい食べたことだとか、

  ちょっと優しくしてくれたことだとか、

  妙なクセがあったことだとか、

  そんなことなんですよね。

  そんな思い出のなかにこそ、その人はいる。




理想と現実は「相反しない」ものです。


もちろんそれには「努力」が必要ですが、

楽しかったり、悲しかったり、怒ったり笑ったり、そんな思い出を作る場所としての「家」であれば、

外観などになにもこだわる必要はないと、私などは思ってしまいます。






気持ちだったり、心だったり、根性だとか気合いだとか、どうしても人生には必要な場面が絶対にあります。


ですからしつこいくらいにこだわっていますが、

でも、その受け皿である技術もしっかりした大きなものでないと、せっかく思い募ったマインドも受けきれないものになってしまいますので、


次回からは、「なんとかなるだろう」って人にも分かり易く、技術の部分を説明していくつもりですが、


どっちにしろ、私にとっては「なんとかなるだろう」って人など関係ないですから。


せめて、「好きだった人たちから、どう言って弔ってもらいたい?」ってことを本気で考えて、答えてくれたごく一部の方だけに届けばいいと思っています。




     つづく。
 
 





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