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デザイナーズ家具カタログ  - - - -
椅子図鑑19 ( Chair Dictionary 19 )
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 02 西洋のインテリアの歴史



インテリアの歴史は、今日の建築様式や住居形態から考えると、ヨーロッパの流れを中心にとらえることが基本となります。しかし、ヨーロッパが文化の先進地域とは呼べない時代もあって、中国、日本、インドなど東洋やその他の地域との関係を知ることも大切です。

また、古代からの歴史的な遺構の多くは、それぞれ時代の権力者のものであって、近世までの様式変遷の様相は、上流階級の考え方や好みに基づいています。ごく一般的にヨーロッパの伝統様式というと、ゴシックあるいはバロックの頃から19世紀に至るまでのものを指しています。これをクラシック様式と呼ぶことも少なくありませんが、歴史上でクラシックというと、本来は古代ギリシャやローマの古典様式を意味している点に注意して下さい。

内装が建築そのものと分かれ、独立して製作、施行あるいは改装されるようになったのは、バロックの時代あたりからで、それによってインテリアデコレーターやデザイナーの職業的な自立の道が開かれました。インテリアの様式の歴史を理解するためには、それぞれの時代の社会的背景や生活様式をもとに、建築、家具、装飾工芸などの造形特性を把握する必要があります。ここでは、それらのもっとも重要事項と思われるものについて記述していきたいと思います。




- 1 - 古代


(1) 先史時代

現在の人類の祖と考えられる現生人類は、約4〜5万年前に現れたとされています。旧石器時代とされているそのころのヨーロッパにはクロマニヨン人が住んでいましたが、その遺跡としてスペインのアルタミラやフランスのラスコーなどの洞窟があります。それらの洞窟内に残されている壁画は、絵画表現の最も古いものとして知られていますが、その中には住居を描いたものもあり、洞窟に住むばかりでなく、すでに小屋のようなものもつくっていたと考えられます。

氷河期が去って新石器時代になると、生活を維持するためのさまざまな技術も進み、各地に竪穴住居、水上住居のほか石造りによるものなどもできるようになりました。

歴史的区分の上で古代とされる以前の、今から約1万年前から5〜6000年前までの住居の発達を見ると、先行するのは西ヨーロッパではなく主に東方の地域で、例えばトルコのアナトリア高原チャタル・ヒュックでは、紀元前6000年頃のものと考えられる都市型の住居群の遺跡が発掘されています。これは日干し煉瓦を用いて、隣家と密着して建てられ、平らな屋根に閉口部があり、出入りもそこからはしごを使って行われていたといいますが、内部の居住性への配慮が伺える水準の高い住居でした。


(2)エジプト

ヨーロッパがまだ新石器時代であった紀元前4000年頃、エジプトでは青銅器を使うようになり、文明は飛躍的進展の段階を迎えました。ナイル川の利用によって農耕が発達しましたが、治水事業の推進はさまざまな事業とともに共同意識を高めることになりました。紀元前3000年頃には統一国家の形成を果たし、紀元前525年に至る約2500年の間、大朝時代が続きました。

国王(ファラオ)が政治、宗教を統率しましたが、王の墳墓であるピラミッドをはじめ、神殿など巨石を用いた大きな建造物をつくりました。その造形は重厚、直裁でした。ピラミッドではギザのクフ王などのものが、その規模においても有名です。神殿ではカルナクのアモン神殿や、岩に彫り込んだアブシンベル神殿がよくしられています。

神殿などの建築は、石の板で陸屋根を造る楯(まぐさ)式の構造の為、柱を多く立てる必要があり、装飾的にも柱に特徴があらわれています。パピルス、しゅろ、ロータスなどが代表的な装飾モチーフでした。

上流階級の住宅は、主に日干しレンガによって建てられ、中央のホール、主人や家族の寝室、浴室のほか、パンを焼く部屋や使用人の部屋などいくつもの区画を持った大規模なもので、いす式の生活が行われていました。これに対して庶民の住宅は、ヤシの木の骨組みに土を塗ってつくられ、床に座る生活であったと言われています。

家具は墳墓に残されたものを、今日でも見ることができますが、肘掛け椅子、折り畳み椅子、スツール、ベットなど高度な技術によってつくられていて、ほぞによる接合方法なども用いられています。特に王のための家具には、象嵌や彫刻など豪華な装飾が加えられていて、中でもツタンカーメン王の墓から発掘された王座は全体に金箔が施され、ライオンの脚の彫刻をした脚部など、その装飾の豪華なことで知られています。

織物も亜麻の繊維を使って、精巧に織られた布があり、つづれ織りの技法も行われていました。


(3)メソポタミア

チグリス、ユーフラテス両河の流域には、紀元前3000年頃からメソポタミア文化が栄えました。この地方には建築に利用できる木材や石材がなかったため、粘土による日干しレンガを主な建築材料としましたが、次第に焼成レンガや彩ゆう浮彫レンガなども使うようになりました。また、レンガによるアーチ構造も発達しました。

代表的な建築遺跡としてはアッシリアのサルゴン王がコルサバードに建てた宮殿などがあります。また、アッシリアやバビロンの影響を受けたペルシャにおいては、ベルセポリスの宮殿が知られていますが、これは石材を用いてより精巧なつくりになっています。

メソポタミアの上流階級の邸宅は、長方形の平面で、外周の壁には窓がなく、中央の中庭は、戸外で営まれることが多かった生活の中心でもありました。

上流階級の人たちが用いた家具は、エジプトとほぼ同種のものでしたが、脚には旋盤加工によるひき物も用いられています。

紀元前7世紀頃のアッシリアの王の宴のレリーフには、ベッドに横になった王と、椅子に腰掛けた王妃が飲食しているところが描かれていますが、このようにベッドで飲食する習慣は、後にギリシャやローマの時代に受け継がれました。


(4)クレタ・ミケーネ

地中海の東、エーゲ海の南に位置するクレタ島には、紀元前3000年頃、青銅器文化として知られる高度な文明が栄えました。代表的な遺跡にはクノックスの宮殿があります。4階建ての部分もある複雑なプランで、数百の部屋があり、中央広場を囲んで政治、宗教などの公的な部分、王の私生活の部分、搾油や製陶をする工房部分と倉庫の4部分で構成されています。室内や廊下の壁や天井には花鳥、魚や動物、婦人像などが生き生きと鮮やかな色彩で艶やかに描かれました。これらの壁面には、フレスコの技法が用いられています。また、水道や下水も完備しています。

クレタは紀元前1400年頃にギリシャ人によって滅ぼされましたが、紀元前1600年頃からギリシャ本土の南部に起こった都市国家による文化を、その最大の都市ミケーネ文化と呼んでいます。ミケーネ建築の特色はメガロンと呼ぶ住居形式で、玄関、前室、炉のある主室が前後に並び、三方が壁で囲まれて、一方だけに開口部があります。宮殿はこのメガロン集合体で、メガロンに列柱を巡らせた構造は、ギリシャ神殿の基本形となりました。またミケーネ装飾は、クレタに比べて写実性を離れて模様化し、構成的なものになりました。


(5)ギリシャ

ギリシャ本土を中心に、定住を始めたドリス人(ドーリア人)が、ヨーロッパ文化の源流ともなったギリシャ文化を築いたのは紀元前7世紀頃からでした。ギリシャの造形は、均整と調和をもつ、理想的な美をそなえたものでした。

代表的な建築としてはアクアポリスの神殿群が挙げられますが、その中心となっているのがパルテノン神殿です。

ギリシャの神殿は初期には木の柱が使われましたが、後期のものは、大理石による石造り建築です。その各部分の寸法や比例には規定がつくられていました。神殿を特徴づけている円柱の構成体系は、エンタブラチェア、柱身、基壇の3つの部分からなり、オーダーと呼ばれています。オーダーは一般にドリス式、イオニア式、コリント式に分類されますが、ドリス式は最も基本的なもので、柱が太くエンタシス(ふくらみ)をもち、素朴な形態です。イオニア式は柱身が細長く、うずまき型の柱頭の特徴があります。コリント式では柱身がさらに細長くなり、柱頭にはアカンサスの葉の飾りが用いられました。

ギリシャ時代の住宅も、中庭を囲んで部屋が配置されていましたが、比較的簡素なものでした。壁体はレンガで造られていて、表面は漆喰で仕上げられていました。

簡素な生活を心がけたギリシャ人が使っていた家具は機能的で、椅子、スツール、ベット、櫃など必要なものだけを整然と配置していました。

ギリシャの家具の中では、裕福な階層の人々が日常使用したクリスモスという背や脚部に反りのある椅子がよく知られています。また、直線的な構成のディフロスという椅子などもあります。食事にも使われた判臥式の寝椅子はクリーネと呼ばれますが、後生のカウチやソファの原型と考えられます。



(6)ローマ

ローマは、エトルリア人が支配していた時代の後、紀元前6世紀以降共和制時代となり、紀元前27年に帝政の時代に入りました。

ローマ人の築いた文化は、ギリシャ人の理想主義とは異なり、きわめて現実的で、生活は享楽的な性格を強めていきました。

ローマの建築は、大理石やレンガの活用と同時に、火山灰、石灰、砂利を混ぜたコンクリートを用いました。それによって柱間の広い大建築が可能となり、エトルリアから受け継いだアーチの技術を発展させた交差アーチや半球ドームを生みました。その最も代表的なものがパンテオンで、直径・高さともに43.5mです。そのほか円形劇場(コロセウム)、カラカラ浴場などが大建造物として有名です。

ローマ人の住宅の実際は、火山の噴火で埋没したまま保存されたポンペイの遺跡が、そのありさまをよく伝えています。上流階級の住宅は入り口を入ると大きな天窓をあけた広間(アトリウム)があり、奥に列柱のある中庭(ペリスチリウム)を囲んで家族の部屋、さらにその奥に果樹園や畑を配していました。床には大理石のモザイクが張られ、漆喰塗りの壁面にはフレスコの壁画が描かれました。これに対して庶民の住宅は粗末で、都市では密集した5〜6階建ての集合住宅に住む人たちが多かったようです。

当時の家具は、木材のほか、大理石やブロンズ製のものも多く、彫刻や象嵌による装飾性の高いものが好まれました。この時代の上流の人たちはトリクリウムと呼んだ部屋に設けられた寝椅子に横になって会食する習慣がありました。また、高価な食器などを収納する食器戸棚なども使われ始めました。王座などの公的な場で使われた椅子にはソリウム、ビセリウムなどがあります。




- 2 - 中世



(1)ビザンチン

大ローマ帝国も3世紀末から次第に衰え始め、4世紀末に西ローマ帝国と東ローマ帝国に分裂しました。西ローマ帝国はゲルマン民族の侵入によって滅亡しましたが、東ローマ帝国は15世紀のなかばまで続きました。ローマのコンスタンティヌス帝は都をビザンチウムに移し、313年にキリスト教を公認しましたが、キリスト教を中心に、東ローマ帝国で形成された独自の文化がビザンチン文化です。

首都のコンスタンチノポリス(現在のイスタンブール)に建てられた聖ソフィア寺院は、最も代表的な建築です。イタリアのラベンナにある聖ビターレ寺院もビザンチンの特色をもつ建築で、特にモザイクの壁画が有名です。後期の代表的なものはベネチアの聖マルコ寺院で、ギリシャ十字のプランで構成されています。ローマ時代に商業の取引所や裁判所に使われていたバシリカの形式は集中式といわれる形式とともに、この時代の教会建築の基本形となりました。

ビザンチンの家具は、ローマ時代のものをものにしていますが、直線的となり、かたい印象を与えます。象嵌や彫刻による装飾には東洋的な手法が加わり、6世紀はじめにつくられたマクシミアンの司教座は、象牙彫刻で知られています。


(2)イスラム

7世紀初めにアラビアのマホメットが開いたイスラム教は、急速に勢力を拡大し、西アジア、北アフリカ、スペインなどの広大な地域にわたりましたが、これによって出来たのがイスラム帝国です。

イスラム教は共同拝礼を原則とするため、拝礼堂(モスク)が信仰の場となりましたが、偶像を拝礼することを禁じられたことから、他の宗教美術のような人物の彫刻はみられません。初期のモスクとしてはエルサレムの岩のモスク、サマラやコルドバのモスクなどがあります。後期の建築ではグラナダのアルハンブラ宮殿が有名です。

イスラムの生活では、床に絨毯を敷き、床座式が行われ、部屋の一隅を高くして寝台としていました。住宅は中庭式が多く、そこに噴水や池を設けて涼をとりました。また婦人の部屋は別にされていました。建物も壁面や絨毯などには幾何学的模様やつる草模様が盛んに使われました。アラベスク模様はアラビア文字の図案化から出発しましたが、後にイスラムの装飾模様の総称となりました。建築にはさまざまな形のアーチが用いられ、アラベスクとともに、イスラムの造形を特徴づけています。


(3)ロマネスク

ビザンチンやイスラムの文化に対して、西ヨーロッパでは11世紀から12世紀にかけてキリスト教を中心としたロマネスク文化が形成されました。ロマネスクとはローマ風のことですが、造形上の特色は古代ローマの継承に限らず、ゲルマンなどの要素も濃いです。またヨーロッパ各地において、それぞれの地方性をもつものとして定着しました。イギリスではこの時代の建築をノルマン様式と呼んでいます。

ロマネスクの教会建築では、石造りのボールトで内部空間を覆う技術が進みましたが、ボールト天井を支えるために壁が厚くなって、大きな開口部をとることができなくなりました。その壁面にはフレスコが描かれたり、壁の外側を、並列した半円型のアーチで飾ることも行われました。この連続したアーチがアーケードで、斜塔で有名なピサの大聖堂は、その最も華麗な例です。ロマネスクの時代は石造り建築に特徴が多いですが、スウェーデンやノルウェーでは、木造の教会なども建てられました。

家具は簡素な生活を反映して、種類も少なく、主に木製の素朴なものでしたが、櫃はこの頃から特に重要な家具となって、衣類などの収納の他、腰掛けやテーブル、ベットの用を兼ねることもありました。椅子などには旋盤加工によるひき物を使ったものが多いです。

石造りの教会や邸宅の内部には、防寒、防湿と装飾の目的で、主に東方から入ってきた織物が使われました。この時代の装飾模様にはアカンサス、すいかずら、ぶどう、あざみなどの植物のほか、動物や幾何学的なものも用いられましたが、やや洗練さに欠けるようです。


(4)ゴシック

ゴシックとは「野蛮なゴート人の」という意味の言葉に由来していますが、12世紀前半、フランスの建築様式として始まり、13,14世紀を最盛期として16世紀まで続きました。ゴシック様式はキリスト教の教会建築を中心に発達しましたが、都市の市民層の形成とともに、次第に市庁舎や鐘楼などの公共建築に及んでいきました。それらの建築は今日でもヨーロッパの都市風景の中核となっています。

その建築構造上の特徴は、リヴ・ヴォールド、尖頭アーチ、フライング・バットレスなどに見られますが、構造や施工上の必要から数の多くなったリブは、装飾としての役割も果たすようになりました。教会のプランはラテン十字を基本とし、垂直線の強調は、宗教上の効果とも関連して、この時代の造形を特徴づけています。

ゴシック様式の建築はヨーロッパ各地に見られますが、フランスではパリのノートルダム大聖堂、シャルトル大聖堂、アミアン大聖堂が特に有名です。そのほかイギリスのソールズベリ大聖堂、ドイツのケルン大聖堂、イタリアのミラノ大聖堂などがよく知られています。また公共建築としては、15世紀に建てられたベルギーのブリュッセルの市庁舎などがあります。

リブ構造の発達によって、窓を大きくとることが可能になり、ステンドグラスが多く使われるようになりました。さまざまな色ガラスを鉛でつないで図柄を現す技法は、11世紀頃から見られますが、13世紀になると教会建築の装飾性の高まりとともに、その主役として内部空間を華麗なものにしました。図柄の題材はキリスト教の聖典によるものが多いです。

ゴシックの家具には、建築の意匠と関連する形態が多いですが、框組みに薄板をはめ込む技術を取り入れることによって、表面の彫刻装飾が容易になり、大型の家具の製作も可能となりました。また、11世紀頃に始まったギルドの制度が、手工業の技術を向上させたことも、この時代の家具の発達を裏付けています。框には、アカンサス、唐草、渦巻き、S字模様などが彫刻され、パネルの装飾として、リネンホールド、トレーサリー、フランボワイアンなどが流行ました。家具の材料にはオーク材が多く使われるようになりました。

この時代もチェストが重要な役割を果たしました。収納用のほか、椅子、テーブルなどの用途にも利用され、チェストに背をつけた背高椅子(ハイバックチェア)や長椅子のほか、チェストに脚をつけた形のカップボードなどもあります。


(5)中世の住まい

戦乱の時代を過ぎ平和な世の中になるにつれて、領主たちの住居は、城の天守から、より快適な居館に移りましたが、当初はまだ個人のプライバシィーは確立されず、内装も簡素でした。都市も次第に復活し、市民に裕福な階層が現れると、貴族の城館に匹敵する邸宅も建ち、快適性も高まりました。貴重品であったガラスが窓に使われるようにもなり、室内は一段と明るさを増しました。また、私室の独立性も配慮されるようになりました。15世紀のフランスの銀行家ジャック・クエールの住宅はその例です。

一般市民の住宅には、木造も石造りもありましたが、1階は店や台所、作業場とし、2階を主人たちの居住部分としました。3階以上は使用人の部屋や倉庫に利用しましたが、プライバシィの確保は十分ではありませんでした。

この時代の住宅建築を特徴づけているものに、ハーフティンバーがあります。木の柱、梁、斜め材などを外部にあらわし、その間をレンガや漆喰で埋める構造で、イギリスに始まり、フランス、オランダ、ドイツに広まりました。


(1) ルネッサンス

中世のキリスト教会と封建領主の支配による重圧に対して、自由と人間性の回復を願う気運が強まるとともに、ギリシャやローマの古典文化の復興を目指す運動が、イタリアのフィレンツェを中心として起きました。ルネッサンスとは再生あるいは復興の意味です。活発な商業活動によって、経済的に豊かな時代になったとう背景もあります。

1、建築

教会に代わって宮殿、城館、邸宅、別荘、劇場、病院、市庁舎などの建築が盛んになり、それらには古代建築のオーダーや、装飾モチーフが取り入れられ、シンメトリーの構成が重視されました。建築の外観は直裁で、水平線を強調する場合が多く、階層の区分につけられた蛇腹などに特徴がみられるようになりました。

インテリアにおいても、古典的な傾向が強いです。床には大理石、モザイク、タイルの他寄せ木張りなども用いられ、大理石の砕石によるテラゾーも使われ始めました。壁面には木の羽目板張りも行われるようになり、大きなタピスリーを飾ることも多くなりました。また壁や天井を絵画、彫刻で豪華に飾る建築が増え、その技術は進歩しました。

この時代はまた、建築に要求される内容が高度化したため広い学識と美的感覚を備えた専門家を必要とするようになり、アーチストとしての建築家の登場を促すことにもなりました。

ルネッサンスの初期の代表建築の一つに挙げられる、フィレンツェの大聖堂のドームの設計競技に選ばれたのがブルネレスキーで、その竣工は1434年です。ローマの聖ピエトロ寺院の基本計画はミケランジェロが中心となりました。イタリアではパラッツォも著名な建築家の設計で数多く建築されましたが、そのインテリアは豪華に装飾されました。

16世紀前半になるとルネッサンスの理想も薄れ、古典様式に新奇さを加えるような傾向がみられます。これをマナリズムと言っていますが、その代表的な建築家としてはバラディオを挙げることができます。

フランスは16世紀初期、フランソワ1世が、レオナルド・ダ・ビンチを招くなど、積極的にルネッサンス様式を取り入れ、特に城館の建築に特色が発揮されました。ブロア、シャンボール、シュノンソーなどロワール河流域の城館や、フォンテンブロー宮殿などがあります。またイギリスでは、エリザベス1世の頃ルネッサンス様式が盛んとなり、中世の貴族の城館(マナハウス)は、イタリアのパラッツォ風に変化しました。

商工業の発達で栄えた都市では、市の中心に市庁舎が建てられました。ベルギーのアントワープやオランダのライデンなどがその代表的な建築です。ドイツではハイデルベルグの城館などにルネッサンスの様式がみられます。




(1) ルネッサンス



2、家具

家具も古典様式を基に、装飾性豊かなものが多くなり、その配置にはシンメトリーが重要視されました。椅子はゴシック時代の箱形から離れて、羽毛などの詰め物をして、ビロードやつづれ織りで背や座を張るものが多くなり、座り心地は向上しました。「神曲」で有名なダンテが愛用したダンテスカや、高僧の名に由来するサボナローラは、ともにX形の脚の椅子で、この時代の特徴を表しています。収納家具ではカッソーネと呼ぶチェストがあります。材料ではウォールナット材の利用が多くみられます。

フランスでは、16世紀後期になって、過度の装飾を抑え、洗練したスタイルのものが見られるようになりました。カクトワールと呼ぶ婦人用の椅子はその例です。またイギリスも国民性を反映した独自の様式に発展させましたが、イタリアのモノに比べると直線的で重厚です。イギリスのルネッサンスの初期はチューダー王朝にあたり、チューダー様式と呼ばれますが、ルネッサンスの様式的特徴はエリザベス1世の時期のエリザベス様式になってから発揮されました。この時代の住宅では装飾的になった暖炉を中心に、家具を配置することが多くなりました。


3、タピストリー

ルネッサンスの時代には、ダ・ビンチやミケランジェロによるものをはじめ、数多い壁画の傑作が見られますが、持ち運びのできる壁画とも考えられるタピスリーも盛んでした。タピスリーはゴシックの時代から広く用いられるようになり、主にフランスとフランドルの都市で制作されましたが、14世紀から16世紀にかけて全盛期となりました。大広間を飾るためには数枚のものを組み合わせる場合も多かったようです。代表的なものに14世紀末、織師ニコラ・バタイユが制作したアンジェ大聖堂の「黙示録」や、15世紀にフランスで下絵が描かれ、ベルギーで織られた「貴婦人と一角獣」などがあります。

イタリアのものは一般的に図柄が多く、対比の強い色彩に特色がありました。フランスのフランソワ1世はフォンテンブロー宮殿にタピスリーの工房を作りましたが、その技術は後のゴブラン織りに引き継がれていきました。イスラム文化の影響が大きかったスペインは、16世紀ごろからペルシャ絨毯をもとにしたアラベスク模様のカーペットを生産しました。




(2)バロック


16世紀初め、マルティン・ルーテルの宗教改革を契機に力を強めていった新教に対して、ローマ法王庁は反宗教改革を断行しました。一方、列国の君主たちは資本家と提携して、支配体制の確立を図りました。このような時代を背景にして、カソリック教会と専制君主の宮廷を中心に、17世紀から18世紀にかけて栄えた芸術様式がバロックです。

バロックはイタリア語のバロッコ(いびつな真珠)に由来する名称で、ルネッサンスの厳格な規則を離れ、躍動的な造形表現をしましたが、ルネッサンスとバロックの様式上の明確な境界はありません。


1、建築

カソリック教会の権威を示したローマ・バチカンの聖ピエトロ寺院の劇的効果に満ちた造形は、バロック様式の出発点でもありました。バロックの時代には、装飾への関心はいっそう高まって華麗さを増し、特に教会と宮殿の建築に特色を発揮しました。聖ピエトロ寺院の実施設計の主要な役割をはたしたカルロ・マデルナが設計したローマの聖スザンナ寺院は、その代表的な建築と言われ、明暗の効果や列柱の扱い方にも特徴があります。イギリスのこの時代のものには、ロンドンのセントポール寺院があります。

宮殿建築では、聖ピエトロ寺院の祭壇や、広場の列柱の構成でも知られるベルニーニが設計したパラッツォ・オデルカルキなどがありますが、もっとも有名なのは、フランスのルイ14世が建造したベルサイユ宮殿でしょう。その建築設計は、主にアルドアン・マンサールが担当しました。住宅建築では、大きな変化は見られず、都市の邸宅における、目的別の部屋の分化も、イギリス以外では遅く、フランスで専用の食堂がみられるようになるのは17世紀後半からです。


2、室内装飾

イタリアのパラッツォの内部の装飾は、躍動感のある華やかなもので、大広間と寝室が格式を示す部屋として重視されました。壁面は、壁柱、軒蛇腹、フレスコ画、タピスリーなどで装飾され、天井も天井画や繰形を多く用いました。床は色大理石のモザイク張りでした。また階段室が華やかに構成され、工夫が凝らされるようになったのもこの時代の特色です。

フランスではルイ13世の頃から、壁画を枠組み鏡板張りとし、これに彫刻を施したり、布張りをするようになり、大形の鏡を取り付けることも始まりました。床には寄せ木張りが多く用いられるようになりました。

ルイ14世はベルサイユ宮殿の造営に際し、1662年つづれ織りで名をあげていたゴブランのパリのアトリエに、家具などの工場も併設して王立の施設とし、宮廷画家のシャルル・ル・プランに統率させました。ル・プランが手がけた装飾はベルサイユ宮殿の「礼拝堂」「戦争の間」「平和の間」などに見ることができますが、「鏡の間」の円形天井では、彫刻と絵画を混用した構成手法を使っています。


(3)家具

イタリアの家具は、さまざまな彫刻がほどこされ、彫刻作品としての性格を強めました。中でもベネチアの彫刻家アンドレア・ブルストロンの椅子や燭台ははその代表的なものです。

ルネッサンスに流行したカッソーネに代わって、大型の衣装戸棚やコンモード(たんす)が使われるようになりました。

フランスでは、古典様式の名のこりをとどめたルイ13世時代から、ルイ14世の時代になって、装飾芸術の一つの頂点ともいえる華麗な様式が定着しました。これがルイ14世様式です。王侯貴族のための家具には黒壇、べっこう、黄銅、象牙などの象嵌が用いられたり、金、銀のメッキを施したものもあります。ルイ14世の宮廷家具師だったアンドレ・シャルル・プールはその代表的な作家で、プール様式と呼ばれています。

椅子の張り地やベットにはゴブラン織りが使われ、室内の様式と一体の効果を上げました。また、この時代の特徴ある家具として、コンソール(壁際に設置される飾り台)があります。燭台、ついたて、置き時計などを置くことも流行しました。

イギリスでは、フランスのルイ13世の時代とほぼ同じ頃の様式をジヤコビアンと呼んでいますが、ジャコビアン様式の家具は、スパイラル状のねじり脚や、らっきょう形などのひき物に特徴があります。ルイ14世の様式に対応するイギリス・バロックの家具は、1660年の王政復古後に始まり、フランスの他オランダにも影響も強いです。この様式をウイリアム・アンド・マリー様式といっています。家具材にはウォルナットが多く、表面には寄せ木などの象嵌の技術が駆使されました。また、17世紀にフランスから亡命した装飾家のダニエル・マローは、ルイ14世様式をイギリスの上流階級に広めました。

スペインでは17世紀後半にチュリゲレスと呼ぶ独特の様式がみられました。


(4)工芸

この時代はさまざまな工芸の領域でも、輝かしい成果が見られます。ガラス工芸は、ベネチアが中心で、多用な意匠をこらした製品が作られました。フランスではベネチアの技術を導入して、特に鏡の製作に力を入れましたが、精度の高い磨き板ガラスもつくれるようになりました。

陶器では、乳白色の地にコバルト色で絵付けをしたもので知られるデルフト陶器が盛んでしたが、器類の他タイルの生産も多かったです。

デルフト陶器は16世紀マジョリカ陶器の製法の導入に始まり、17世紀には中国や日本のものの影響も強くなりました。

ヨーロッパにおける壁紙の利用は、16世紀から見られるようになりましたが、17世紀後半に至って、パターンを連続的に反復する方式が生まれ、普及するようになりました。




- 3 - 近世




3、ロココ

18世紀になると、王国の絶対君主支配の下で退廃的傾向が増し、造形の特徴も享楽的な性格を強め、より曲線的で優雅なものとなっていきました。

ロココとは、ベルサイユ宮殿の庭園を飾った貝殻模様の人造石のロカイユという名称にもとづいています。ロココはフランスにおける装飾を中心とした様式で、建築構造上の特色は乏しいです。


(1)室内装飾

ルイ14世の没後、ルイ15世の治世下の貴族たちは、堅苦しいベルサイユでの宮廷生活から離れて、パリでの社交生活を好むようになり、比較的小規模なオテルあるいはパピヨンと呼ばれる居館に住むようになりました。

ジェルマン・ボフラン設計のオテル・ド・スビーズはその代表的なもので、内部の軒蛇腹や飾柱がなくなり、壁は曲面を形作って天井に移し、金色をした精巧な繰形で飾られました。また、寄木張りの床には花柄の絨毯が敷かれました。

ロココ様式では、シンメトリーの原則は破られ、部屋のプランについても八角形やコーナーを丸くしたものが多く、色彩は淡いソフトな色調を好みました。画家ブーシェらによるフォンテンブロー宮殿の会議室は、最も華麗な装飾で知られています。

ドイツではプロシャのフリードリッヒ大王が、建築家クノベルスドルフに指揮させたサン・スーシー宮殿や、バイエルンの宮廷建築家キュビィエ設計のアマリエンブルク荘がロココの特徴をよく出しています。


(2)家具

ルイ15世時代の家具は、軽快、繊細で曲線による構成を特色としました。家具材にはウォルナットのほか、マホガニーなども使用され、彫刻や金色の仕上がりで飾りましたが、東洋の漆や蒔絵の手法も取り入れています。この時代の初期を、レジャンヌ様式と呼ぶ場合もありますが、この時期は名工シャルル・クレッサンに代表されます。

また、ネオクラシシズムへの移行の時代を代表するのが、ポンパドール婦人の寵愛ょ受けたジャン・フランソワ・エーバンで、寄木細工やいろいろな仕掛けのある家具を得意としました。

ロココの家具には、各種の椅子、コンモード、コンソール、化粧テーブル、ビューローなどに特色がありますが、ベットにはアルコープのベット、ポロネーズのベットなどさまざまな形式のものがありました。

イギリスでは、18世紀はじめのアンジ女王の時代からロココ様式が広まりましたが、この時代のものをクイーン・アン様式といい、カブリオール・レッグと呼ばれる曲線脚に特徴があります。その脚端は動物の脚をかたどり、玉をつかんだかたちも多い。

トーマス・チッペンデールは18世紀のイギリスを代表する家具作家で、クイーン・アンの様式をベースとして、さまざまな形態の家具を生み出しましたが、リボン状の彫刻をした背を持つ、リボンバック・チェアは代表作の一つです。また、中国風のモチーフを積極的にとり入れた家具には著しい特徴があります。


(3)工芸

18世紀の工芸は、実用性より装飾的な美しさが重視されましたが、東洋との交流が盛んになるにつれて、中国や日本の影響が一層強まりました。中国は14世紀から17世紀に至る明の時代に、美術工芸は特に盛んとなり、ヨーロッパにおけるシノワズリーは織物、家具、陶磁器などから室内装飾全体に及びました。

陶器はデルフトの隆盛ののち、フランスのルーアンも中国風の意匠を取り入れた優れた製品を生むようになり、18世紀に入ってヨーロッパの陶芸を支配するようになりました。さらに、18世紀なかばには、セーブルに王立の磁器製作所が作られました。

ドイツでは、18世紀初頭、マイセンで硬質磁器の生産に成功し、特にロココ趣味の人形を有名にしました。

金工の分野も、ロココ様式はその技術特性を発揮させることとなり、さまざまな華麗な作品を生みましたが、ベルサイユ宮殿の時計の間の女体を連想させる美しい時計台をつくったカフィエリ父子は代表的な彫金師です。




- 4 -  ネオクラシシズム



古代ローマの遺跡の発掘の発掘などの刺激を受けて、18世紀中期から古典様式への関心は急速に高まりました。ロココの特徴であった曲線は再び直線に変わり、シンメトリーの構成と古典的なプロポーションが重視されるようになりましたが、この様式をネオクラシシズム(新古典主義)と呼んでいます。


(1)室内装飾

ネオクラシシズムのインテリアでは、壁面を繰形で長方形に区分し、その中に花輪、月桂樹、楽器などの装飾が加えられました。その例としては、アンジュ・ジャック・ガブリエルが設計したベルサイユのプティ・トリアノンが代表的なものである。

イギリスの建築家ロバート・アダムは、ネオクラシシズムを最も早く実践した一人ですが、オスタレー邸にはその作風がよく表れています。

(2)家具

ネオクラシシズムの家具にはコリント式オーダー、帯状の繰形、月桂樹、オークの葉などが装飾のモチーフとして用いられました。椅子やテーブルなどの脚は、フルーティングを施した繊細で丸い断面の直線脚になっています。表面塗装では凸凹の彫刻が少なくなって、寄木細工が好まれました。

フランスではルイ16世の時代に当たるので、ルイ16世様式と呼んでいます。マリー・アントワネットが愛用した家具をつくったジャン・アンリ・リーズナーの作品は、その典型とも言えます。また、18世紀末のフランス革命後の執政官による時代のものは、ディレクトワール様式といいます。

イギリスでは、ロバートを含むアダム4人兄弟が、マホガニーやサテン・ウッドを使って、アダム様式と言われる古典的モチーフを生かした家具を作りました。18世紀後期、アダムとほぼ同時代に、ジョージ・ヘップルホワイトも古典的な特徴がある家具を作りましたが、ハート形や楯形をした背の椅子は、最も優美な椅子として知られています。

またトーマス・シェラトンは18世紀末に活躍した家具作家で、直線的な構成を得意としましたが、家具に関する著作でも評価されています。チッペンデールを含めアダム、ヘップホワイト、シェラトンが活躍したのは、ジョージ1世、2世、3世の時代なので、ジョージアン様式とも呼ばれています。


この時代は中産階級が重要性をもつようになったことと関連して、デザイナーたちもその人たちを対象とする家具に力を入れました。ヘップルホワイトは、都市のアパートに住む人たちのための機能的な組み合わせ家具なども製作しています。ドイツではダビット・レントゲンが多数の職人を組織して時計や家具を製作し、その作品は全ヨーロッパの王侯貴族に納められて名声を上げました。



- 5 - 19世紀 



1789年におこったフランス革命によって、貴族たちは没落し、新たなブルジョワ階級が指導的地位につきました。ルイ16世やマリー・アントワネットらは断頭台に送られ、栄華を極めたブルボン王朝は中断されることとなりました。一方イギリスに始まった産業革命は、次第に機械による生産方式を進め、資本主義の確立に結びついていきましたが、生活や文化の面では合理的な考え方が広まりました。

王侯や貴族中心であった美術工芸も、徐々に市民生活の中に融合しはじめました。19世紀前半では、18世紀からの古典主義が引き継がれる一方、異国情緒を求めるローマン主義も流行しました。19世紀後半には様式の統一性は失われ、さまざまな様式を折衷する傾向が見られるようになりました。


(1)建築

フランスでは、1804年ナポレオンが帝位につくと、古代ローマの様式を再現しようとする傾向が強まりましたが、これをアンピール様式と呼んでいます。パリのエトワール広場の凱旋門やマドレーヌ寺院などは、その代表的なものです。アンビール様式はフランスのみだけではなく、ヨーロッパ各地に急速に広まりましたが、その中でもドイツに顕著な例が見られることができ、ベルリンのブランデンブルク門や美術館などがあります。イギリスでは、ローマン主義的発想の中で、ゴシック様式の再生を試み、チャールス・バリー設計によるロンドンのイギリス国会議事堂などが建てられましたが、この傾向の建築は、ドイツやフランスにも見られます。

19世紀後半になると、急激な社会の変化とともに官庁、学校、病院、駅舎、劇場など公共的な施設の建設が盛んとなりましたが、それらには、ゴシック、ルネッサンス、バロック、ネオクラシシズムといった過去の権威主義的な様式が、折衷して取り入れられました。


(2)室内装飾

ナポレオン1世の思想をもとに、建築や装飾におけるアンピール様式を確立したのが、ペルシェとフォンテーヌの2人の建築家といわれますが、その特色を明確に打ち出しているのがフォンテンブロー宮殿、マルメゾン宮殿などナポレオン自身が使用するために改装した宮廷の内装でしょう。力強い直線構成と厳格なシンメトリーの法則をもとに、スフィンクス、パピルス、ロータス、ローマの鷲、勝利の女神、ヘルメットの戦士、月桂樹、Nの文字を入れた花輪などで飾りました。


(3)家具

19世紀前期のアンビール様式の椅子、テーブル、ベットなどは古代ローマの大理石やブロンズ製の家具をもとにデザインされ、重厚感があり、真紅のビロードや木部の黒い仕上げ、金色の装飾が好んで用いられました。

イギリスでのアンビール様式の影響は、ジョージ3世の後の摂政時代におけるリージェンシー様式となりました。その意匠は古代ギリシャのもののほか、エジプトや中国の影響も強く、黒塗りや金色の飾りなど対比がはっきりした色調です。19世紀後期ビクトリア女王の時代になると、社会の動きに反して造形面は保守的で過去の様式への依存が目立ちました。したがってビクトリア様式の家具には、造形上の前進はみられません。古い様式のもののリプロダクションも多く行われました。また、手工業から機械による生産に移る過渡期で、品質の悪い家具が出回ることとなりました。しかし構造上では、椅子やベットにコイルスプリングが使われるようになって、機能性を一段と向上させました。

アンビール様式は、ドイツやオーストリアにも流行しました。それが一般市民向きのものとして、19世紀前期に広まったのが、ビーダーマイヤー様式で、実用性が高く、現代の家具に結びつく要素が多いです。


(4)工芸

ナポレオンは、貴族の没落とともに一時衰退した工芸を復活させるため、ゴブランの工場などを支援し、タピスリーなどをつくらせました。リヨンの絹織物もその支援によって復活しました。陶磁器では、セーブル磁器が、古典主義的なポンペイ風やエジプト風のものを作り、さらにロココ様式や東洋風の草花のものなどもつくりました。マイセン磁器は古代ローマのカメオの手法などを取り入れたイギリスのウェッジウッド陶器に人気を奪われましたが、シノワズリーや柿右衛門風の伝統を守りました。




- 6 - 初期アメリカ



組織的な植民が始まった17世紀初頭から、1776年独立を宣言するに至るまでが、厳密な植民地時代といえますが、様式上では、19世紀前期まで含めてコロニアル様式と呼んでいます。はじめ、イギリスのみでなく、オランダやドイツからの移民も行われましたが、次第にイギリス人の支配が強まり、建築や家具などの様式も、主にイギリスから移入したものをもとにしています。

住宅は、ジョージアン様式などが多く取り入れられましたが、材料の入手の点で、木造が主体でした。19世紀までの教会や公共建築は、ヨーロッパのネオクラシシズムやローマン主義、折衷主義の影響によるもので、独自の展開を見せるには至っていません。

植民地時代の様式を中心に、初期アメリカの傾向を総称して、今日ではアーリー・アメリカン・スタイルと呼ぶことが多いです。20世紀後半になって、この時代へのノスタルジーが強まるとともに、現代風な意匠に整え直したアーリー・アメリカンの様式は、日本の住宅やインテリアにも大きな影響をもたらすことにもなりました。


[ 家具 ]

植民地時代の初期のものとしては、ジャコビアン、ウィリアム・アンド・メリー、クイーン・アンなどの様式によるものが多く、中でもクイーン・アン様式のハイボーイ、ローボーイと呼ぶ衣装箪笥は代表的なものです。イギリスのウィンザー地方をもととするウィンザーチェアーは、18世紀初期にアメリカ入りし、改良されて18世紀後期から大いに流行しました。また、18世紀後期にはチッペンデール、アダム、ヘップルホワイト、シェラトンなどの古典主義的な様式が流行しましたが、連邦制度を成立させた時期でもあるので、フェデラル様式とも言っています。このころニューヨークのダンカン・ファイフは、シェルトン様式に基づいたマホガニーの椅子やテーブルなどをつくり、人気がありました。

18世紀末から19世紀中期にかけて、シェーカー教徒は装飾を取り除いた、きわめて素朴ながら美しい家具を作りました。その椅子ははしご状の背のものが多く、ラダーバック、あるいはスラットバックと呼ばれました。また19世紀末頃には、スペインからのキリスト教布教団によってもたらされた簡素なミッション様式なども見られます。

19世紀後期には、鉄を家具に積極的に利用し始め、ビクトリア様式の椅子が鋳鉄で作られたりもしました。これらのほか、フランスの田舎風の、フレンチ・プロビンシャルやスペインの民族色の濃いスパニッシュの家具など、世界各地からのものが、アメリカナイズされて定着しています。


Contents
01 住宅政策と住宅産業
<1> 住宅政策の歩み
  1、「公営」と「公庫」と「公団」  2、住宅建設五箇年計画
<2> 住宅ストックの状況と国民の実感
  1、ヨーロッパの住まいと日本の住まい 2、住まいに対する国民の実感
<3> 住宅政策の新しい展開
  1、今日の住宅問題  2、新しい住宅政策
<4> 住宅産業・インテリア産業・リフォーム産業
  1、住宅産業 2、インテリア産業 3、リフォーム産業
02 インテリアの歴史
<1> 日本のインテリアの歴史
  1、先代 2、古代 3、中世 4、近世 5、近代
<2> 西洋のインテリアの歴史
  1、古代 2、中世 3、近世 4、近代 5、現代
03 人間工学
<1> 人間工学のあらまし
  1、人間工学の定義  2、人間工学の応用  3、インテリアと人間工学
<2> 人体寸法
  1、計測値とその応用  2、人体の大きさと重さ  3、手と足の大きさ
<3> 動作・作業域・動作空間
  1、姿勢と動作  2、作業域  3、動作空間と単位空間
<4> 動作・行動の特性と空間
  1、ポピュレーションステレオタイプ  2、距離と集合
  3、物理尺度と心理尺度  4、人間の占める位置
<5> インテリア計画への応用
  1、家具の分類  2、機能寸法の決め方
  3、家具への応用  4、材料への応用
<6> インテリアの安全
  1、住まいと安全  2、日常災害
04 インテリア計画
<1> インテリア計画の意義
  1、インテリアとエクステリア  2、住宅のインテリア
<2> 計画の進め方
<3> 生活空間の計画
  1、生活像の把握  2、生活行為と動作空間
  3、単位空間と間取り  4、空間の機能と配置  5、規模の考え方
<4> 寸法の計画
  1、生活空間の寸法  2、モデュール
  3、モデュラーコーディネーション  4、グリッドプランニング
<5> 性能の計画
  1、要求条件と性能  2、空間の性能とその尺度
  3、エレメントの性能と応用  4、性能計画と性能発注
<6> 安全の計画
  1、インテリアの安全  2、火災への対策
  3、地震への対策  4、日常災害への対策
<7> 採光・照明計画
  1、採光の計画  2、照明の計画
<8> 色彩の計画
  1、色彩計画の手順  2、色彩と材質との関係
  3、色彩と採光・照明との関係  4、褪色と汚れ  5、住宅各室の色彩計画
<9> 住宅各室の計画
  1、LDK空間  2、団らん・くつろぎ空間(L)
  3、食事空間(D)4、キッチン(K)ユーティリティー(U)
  5、個室 6、サニタリー空間 7、通行のための空間
  8、収納空間  9、執務空間
<10> リフォームの計画
  1、リフォームの目的  2、リフォームの内容
  3、計画の進め方  4、マンションリフォームの特殊性
<11> 維持管理の計画
  1、維持管理とは  2、耐用年数  3、維持管理の運営
<12> インテリアコーディネーターの役割
  1、インテリアコーディネーターの立場
  2、インテリアコーディネーターの技術
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(社)インテリア産業協会