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デザイナーズ家具カタログ  - - - -
椅子図鑑19 ( Chair Dictionary 19 )
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  良き人との出会い


2004年春、私が研修内容の作成に参画した地元企業の、今年の新人研修に一泊同道して参加する機会がありました。


研修に参加している彼(彼女)らの活き活きとした目を見ることが好きで、毎年都合を見つけてはお邪魔しているわけですが、社外の人間が高級外車で研修所に乗り付け、しかも社会人になったばかりの子供たちと一緒に、怒鳴りあげるような声で、挨拶15度、30度、45度の練習を繰り返したりするのですから、周囲にとってはさぞ迷惑なことでしょう(笑)


この企業は毎年、現役の成績優秀な課長クラスから主任クラスの数人を研修担当にあてます。会社としてはトップの成績を上げている人間が、約1ヶ月実質的には売り上げに貢献できないのですから、正直「痛い」ですね。


でも、それだけ人材育成に力を入れているわけですから、お金で換算する資産価値以上の資産を持っているものと私は判断しています。

実際に資産は、人が稼ぎ出すものですからね。


余談が長くなりましたが、その今年の新しい研修担当者の方が、面白い話しをしていましたので、ここに紹介します。なるほど、常に成績がトップな人間の内面と理由がよくかわる話しとなっています。



… … … … … … …




昔、ローマの刑罰の中に、穴を掘っては埋め、埋めてはまた掘るということを延々と繰り返させるというものがありました。

これが罰になる理由は、単なる肉体的苦痛だけではなくて、全く意味のないことを繰り返しさせられることに、人間は耐えられないからで、なによりも精神的苦痛を与えることだそうです。


囚人はやがて気が狂うということもあるそうです。そういう意味では、この精神的苦痛は想像以上かもしれません。この罰を考え出した人間は天才に近い発想の持ち主ですね。


しかしよく考えてみると、みなさんが参加しているこの新人研修も、これと同じ刑罰の類にはいるのかもしれません。


当たり前のことを当たり前にする。なぜ挨拶をあんな大声で繰り返す必要があるのか。なぜ毎朝早起きしてランニングする必要があるのか。なぜ敬語を勉強する必要があるのか。なぜ、なぜ、なぜ。


みなさんには疑問だらけの研修でしょう。理不尽に感じられるかもしれません。


まして、それが今後ホントに上司になるかもしれない人からの、個人的な命令と感じられれば、むしろ穴掘りの方がまだマシかもしれませんね。


あなたは、この研修や仕事が刑罰になっていませんか?

目的のない穴掘りのようなことを繰り返していませんか?

あるいは自分の目的がよくわからなくて、やる度にストレスをためたり反発していることはありませんか?


この毎日の研修や仕事が穴掘りの刑罰のようであっては、いい仕事などできるはずもありません。この研修でも何も身に付くことはないでしょう。


でも、それならばいったいどうすればいいでしょうか。

それは考え方一つです。


例えば、先ほどの穴掘りをさせられている囚人が、穴掘りを利用して、身体を鍛えようと考えたとすればどうでしょう?

刑期を終え何年か後に娑婆に出たとき、すぐにでも行動できるように、身体を鍛えておこうと決意したとすれば、そのときから穴掘りの意味が変わってきますね。


昨日までは、全くの苦痛意外何ものでもなかった穴掘りが、今日からは自分のためのトレーニングに変わるわけです。

まったく内容は変わらないのに、180度意味が違ってきますね。きっと、取り組む姿勢も全然違うことでしょう。


もっと鍛えたいと思えば、終了後に腕立て伏せや背筋・腹筋をしたり、他の人より多くもう一つ穴を掘ることすら考えるかもしれません。


さらにこの囚人がその繰り返される毎日の中で、深く反省をして、出所後は「何か人の役に立ちたい、自分のできることで社会に貢献したい」と思えば、自分と同じような失敗を犯しそうな人に対して、自分の経験を生かしたアドバイスをするかもしれません。


このように考えると、「目的や使命」というものは、初めから存在したり、他人から与えられるものではなく、自分で見い出すものであるとわかります。

    
「意味のないこと」ではなく、「自分が意味を見い出せない」というのが正確な表現かもしれませんね。


とすれば、その意味さえ見い出せれば、あなたにとってそこには無限の価値が生じることになります。


それならば、掃除にも、挨拶にもいろんな意味を見い出すことが可能でしょう。朝礼にも、研修にも、もっともっと積極的な意味が見いだせるかもしれません。


これは、私からみなさんへの個人的なお願いです。

ぜひ、あなた自身の仕事に積極的な意味を見い出してください。

新しい価値創造の意味を見い出してください。

あなたが関わる意味を創造してください。

自分の取り組む仕事の「目的と使命」を明確にする努力は、あなたの仕事のレベルを向上させます。
     

人生に目的と使命を持って生きることは、よりよく生きるための最高の方法ですから。



… … … … … … …



この話しの後、研修は「なべ蓋」のビデオへと入っていくわけです(笑)

※なに、なべ蓋の話しを知らない? これも泣ける話しですから、是非検索してみて下さい。




私はこの時期、社会人となった新人さんの、腹立たしいほどキラッキラしている目の輝きで一年のスイッチを入れ直すわけですが、今年は私より20才以上の年上の研修担当者の方の瞳の輝きに、スイッチと気合いを入れ直されました。


やっぱり人生は、良き人との出会いですね。







  高齢社会対策を真剣に考えてみよう


私が毎日読んでいるメルマガの中で、

「日本一の経営者マガジン がんばれ社長!今日のポイント」
 http://www.e-comon.co.jp/magazine/index.html

という秀逸なメルマガがあります。


以前ご紹介しました「経営戦略考」と並んで、ビジネス系メルマガでは一歩も二歩も内容の濃さが抜きん出ているメルマガです。


先日のこのメルマガの中で、「高齢社会」の話題を取り上げておられました。「高齢化社会」ではなく「高齢社会」です。

「化」が抜けているたけで結構イメージが変わるものだと新鮮に感じましたが、事は私の認識以上に深刻なようです。


私がこんなことを言うとまた物議を醸しそうですが(笑)、正直いって「高齢化社会など恐れるに足らず」、個人的には「バリアフリー化など必要ない」とさえ思っています。

部屋の段差を極力なくし平面にするなど、豊かな暮らしを少しでも考える者なら全くナンセンスな話しです。

それならば、海辺の倉庫にでも住めばよい、

とは極端ですが(笑)、実際に香川県の牟礼町にある「イサム・ノグチ庭園美術館」にある、晩年イサム・ノグチ氏が住まわれていた住居などは、アメリカ人的椅子社会と、日本のワビ・サビの見事な融合を果たした住居となっています。

それはまさに住居の中の高低差を生活に組み入れたアイデアの住居で、人が歳を取れば足元がおぼつかずつまづくなどの心配など、真の豊かな暮らしを考えた場合には全くナンセンスな発想だと言わざるを得ません。

まったくもって日本人の発想ってやつは うんぬんかんぬん … … … (笑)。



まっ、私のごく個人的な意見などこの際関係ないのですが、これから I C を目指すのであれば、絶対に避けては通れない話題ですので、個々の認識を新たに持ってほしいものです。


日本がもし、このまま移民を受け入れない政策を維持した場合、西暦2050年には、「77才定年制」が必要になるかもしれません。

どうも笑い事ではないのです。それほど性急に超高齢社会が進行中らしいのです。


今、日本人の平均年令は41.3才、ですが、50年後には53.2才になります。

この日本の高齢社会の進行はとどまる様子がなくて、このままで行くとどうなるのか、そして私たちはまた何をすべきなのでしょうか。

もちろんこれは福祉という業種もからみ、今後 I C となる人たちにも密接に関わっていく問題です。

ビジネスという観点からも、是非この問題を真剣に、何度も言いますが今以上の認識をもって考えてみましょう。



国連の定義では、全人口の中に占める65歳以上の高齢者の割合が7%を超えた社会を「高齢化社会」と呼ぶようです。

また、14%を超えると、「化」の文字が取れて、「高齢社会」と呼ぶようになります。

すでに、1994年に14%を超えた日本は、欧州でもっとも高齢化の進んでいるスウェーデンに並ぶ「高齢社会」を迎えています。


マスコミなどではまだ「高齢化社会」と呼んではいますが、日本がすでに国連の定義する「高齢社会」に突入しているのは一目瞭然です。


そこには出生率の低下と、死亡率の低下が高齢進行に拍車を掛けています。

出生率の低下には歯止めがかかる予測のようですが、、それでもせいぜい横ばいと見られていて、一方の死亡率低下はますます進む見通しです。

65歳以上に対する生産年齢人口(15〜64歳)の比率は、1995年からすでに減少傾向にあります。

生産年齢人口の比率を1995年水準で維持するには、これから毎年、約65万人の移民の受け入れが必要になるというレポートもあります。

もしそうなった場合、2050年には総人口の3割近くが移民とその子孫になるといわれています。

仮に移民を受け入れない場合には、2050年時点で「77歳定年社会」とする必要があるのです。

ほら、笑い事ではないでしょう。


そこで、考えてみましょう。

I C 的な観点からこの事実をとらえ、打つべき手を考えて下さい。もちろん何も手を打たないというのも一手ではあります。

むしろ私は「なにもしない」手の支持者ですが、ただ、ビジネス的には地方の大型健康施設にも絡み、ケアハウス・老人ホームにも絡みと、ちゃっかり戦略を構築していますけども、ね(笑)

本音と現実的対応とは、180度違ったりするものです。

(大人の世界は怖いでしょ−笑)


あなたも戦略的に考えないと、落ちこぼれてしまいますよ。



★考え方は、例えばこんな感じです。

・自分が関わる業界と高齢社会の関係は何でしょうか。

・高齢社会によって人々の生活や買い物はどう変わるのでしょうか。

・医療や介護、健康関連事業はどう変わるのでしょうか。

・住宅や交通環境はどう変わるのでしょうか。

・今、世の中に存在しない新たなシルバーマーケットは何でしょう。

・企業と社員、企業と高齢社員の関係はどう変わるのでしょうか。

・ I C となる自分は何をすべきでしょうか。





Y a b u c h からあなたへ、真面目に言います。

「是非、真剣に考えて下さい。」






  心の劣化


久しぶりに、有名なある飲食店に行きました。その店のオーナーもメニューも変わりはありませんでしたが、店は輝きを失い、かなり劣化した印象を持ちました。経営で気をつけなければいけないことは、一寸油断すると直ぐ輝きを失い、劣化することです。これは人それぞれにも言えることですが、劣化には相対的劣化と絶対的劣化があります。世の中の変化についていけない「相対的劣化」と自分自身の「気力・体力・知力」が落ちる「絶対的劣化」があります。マンネリが自分の劣化を生み、劣化がさらに自分をダメにします。

 しかし、劣化している人に限って自分では気づかないものですね。「人のふりみて我がふり直せ」です。人のみっともない仕草は、自分は絶対にしない!その心構えが必要です。






  
運のよい人

「運」は全くの無から生じるのではなく、運を生じさせるための不断の努力と種まきが必要で、「運」を掴むには、機会を活かす力が必要です。


どのような小説だったか内容の方は忘れましたが、上記の言葉だけは鮮明に覚えていますね。


どういう意味なのかというと、

運のよい人とは、「自分自身が運がよいと思い込んでいる人」です。

自分が運がよいという思い込みほど強いものはありません。運の神様は誰にでも公平・平等に訪れてくれますが、不平・不満やグチばかりの人にだけは近づきません。

運のある人や運のある会社と付き合うのは、会社継続の最大条件だなどといわれるのも同じことなのでしょう。



新卒の人など、新しく社会に出て夢を追いかけている人も多いと思いますが、その人たちも入社してから一月が経とうとしています。

デザイン、家具、インテリアの業種に関わらず、私は多くの業種の方と接する機会がありますが、この時期に企業にお邪魔する際、新人さんのキラッキラした瞳を見るのが大好きですね(笑)

その瞳が私の心のスイッチを毎年入れ直してくれます。



しかし悲しいかな、すでに「人として」の「差」が見え始めるころでもあります。


「俺のやりたいことじゃなかったんだよね。」
「私のキャラじゃないし。」
「なんでこんなことやらなきゃなんないの。」
「ちょっと、熱いのってカッコ悪くない? ウザイっしょ。」
「なにこんなことに一生懸命になってんの。」



「あの人は貧乏神だ」とか「あの人は運がない」とよく言われますが、そう言われた人を振り返って考えると、確かに不平不満やグチが多い人達です。

やはり、自分自身が積極的に明るく前向きに生きることが、運を呼ぶためには絶対に必要であると痛感させられます。


要するに、運がよいということは、その前提にいろいろな種まきがあり、人間関係があります。

そういったさまざまな前提の上で、それらが「引き」となりチャンスが出てくるということが、「運」というものです。


さらに、いくら「運」があっても、運がめぐってきたときにそれを活かすだけの力を備えていなかったら、結局はチャンスを逃し、「運」をつかむことはできません。


「運」は全くの無から生じるのではなく、運を生じさせるための不断の努力と種まきが絶対に必要で、「運」をつかむには、機会を活かす力が必要なのです。

それは、私の長年の信念です。



ちなみに、運のある人を見分けるコツは10のポイントがあるそうです。それは、

・好き嫌いがないか

・感謝できているか

・自然体か

・感性と勘性が鋭いか

・自分の想いを主張しているか

・素直なのにガンコ、オープンで分かりやすいか

・本当の気遣い、心配りができているか

・表情が豊かか

・陽気か

・タフか

以上の10項目です。



あなたは「運」の良い人ですか?

それとも、「貧乏神」ですか?